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ペイン・スチュワート

ペイン・スチュワート(Payne Stewart, 1957年1月30日生まれ)

ペイン・スチュワートは米国・ミズーリ州出身、4歳の頃からゴルフを始めた。 このペイン・スチュアートの父親は、ミズーリ州のアマチュア選手権で優勝経験があり、その父親の指導のもとでゴルフを始めたのである。

1979年にプロ入りは1979年、しかし米国PGAツアーのシード権獲得はならなかった。
そのため2年間「アジアン・ツアー」を回る。
そこで2勝を挙げ、1982年から米国PGAツアーに参戦することができたのである。

同年1982年の「クワッド・シティ・クラシック」でツアー初優勝を果たす。
この優勝の7年後1989年に、「全米プロゴルフ選手権」でメジャー大会初優勝を達成する。
また1991年「全米オープン」でも初優勝を果たし、メジャー大会2冠王となった。
しかしその後数年間は低迷することになる。

再び世界的に注目さたのは、1999年の「全米オープン」で8年ぶり2度目の優勝を飾ったときである。
この大会では、フィル・ミケルソンと1打差、3位タイにはタイガー・ウッズとビジェイ・シンが入るという、「全米オープン」史上稀に見る大激戦を制しての優勝だったのである。

また同年9月には1993年以来3回ぶりのライダーカップにも米国代表で出場することになるのだが会場に向かう途中で、スチュワートは飛行機事故に遭い、「全米オープン」優勝からわずか4ヶ月後に、42歳で急逝した。
PGAツアー通算11勝、国際試合で通算合計7勝を記録している。
ペイン・スチュワートはいつも帽子と半ズボンをまとい、誰からも見分けがつく風貌とスタイルの持ち主であった。
また愛国心が強いことでも知られゴルフウェアに米国国旗の星条旗をあしらうことも多かった。
ペイン・スチュワートは悲運の事故死から2年後の2001年に世界ゴルフ殿堂入りを果たした。

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